move by us 3木材、丸鋼、ディスプレイH3000 × W1800 × D1900mm映像|7分52秒
私の内では踊っている人がいる。その踊りは⾝体の奥でうねり、 動きとなり、形として私の表に出てくる。 モノが動きの痕跡となり、新たな動きを⽣む装置となる。⾝体とモノが互いを動かし合うそれは「踊り」のようだ。 岸本夏子
抽象彫刻における今更聞けない質問の代表が「この作品は何を表現しているのですか?」というやつだ。しかし、この作品は「表現」というよりは道具のように「働く」ようにできている。そもそも、この作品は見るものか、使うものか。あるいはこれは観客を前提にしたものかと言い出すガチガチなモダニストもいるかもしれない。しかしそんなことはお構いなしに、この作品は動く構造を持つだけの物体。言わば未確認飛行物体のような未知の目的の、自律したオブジェクトなのだ。そして人間のために役立つ道具でも無い、一つの「世界」を持っている。この作品を動かして美しいパフォーマンスをする人も、ただただこの作品に動かされている人もいるだろう。しかし、どんな関わりかたをしても等しく美しく、この作品の世界の延長線上にあるのだ。 彫刻学科教授 伊藤誠
作者より
私の内では踊っている人がいる。その踊りは⾝体の奥でうねり、
動きとなり、形として私の表に出てくる。
モノが動きの痕跡となり、新たな動きを⽣む装置となる。⾝体とモノが互いを動かし合うそれは「踊り」のようだ。
岸本夏子
担当教員より
抽象彫刻における今更聞けない質問の代表が「この作品は何を表現しているのですか?」というやつだ。しかし、この作品は「表現」というよりは道具のように「働く」ようにできている。そもそも、この作品は見るものか、使うものか。あるいはこれは観客を前提にしたものかと言い出すガチガチなモダニストもいるかもしれない。しかしそんなことはお構いなしに、この作品は動く構造を持つだけの物体。言わば未確認飛行物体のような未知の目的の、自律したオブジェクトなのだ。そして人間のために役立つ道具でも無い、一つの「世界」を持っている。この作品を動かして美しいパフォーマンスをする人も、ただただこの作品に動かされている人もいるだろう。しかし、どんな関わりかたをしても等しく美しく、この作品の世界の延長線上にあるのだ。
彫刻学科教授 伊藤誠