何梓羽

HE Ziyu

情報は常に不足している、だからマニ車を回そう
Information is Never Enough, So just Turn the Prayer Wheel

鉄、真鍮、塩化ビニールパイプ、ワイヤメッシュ、結束バンド、電子計器、ポータブルバッテリー、タブレット
彫刻|H2400 × W2000 × D2000mm
映像|3分

作者より

作品は観客が回転させる操作によってLEDカウンターの数字が変化する装置である。
インスピレーションはチベット仏教の「マニ車」と21世紀の「核融合エネルギー発電装置」であり、共通点は未来への「楽観」とそれに伴う「回転」行為である。
現代社会では情報が過剰でありながら、本質に辿り着くための情報が不足しており、人々の価値判断を難しくしている。しかし、私たちの選択肢は、単に前に進むだけでなく、立ち止まることや過去へ逆転することもできる。

何梓羽

担当教員より

時代劇《水戸黄門》に「うっかり八兵衛」という登場人物がいる。彼のちょっとした勘違いやうっかりから起こる騒動が、物語の隠れた事実や心情を明らかにしていく。この「うっかり」から見える景色=偶然と必然のあいだこそ、何 梓羽(カ シウ)が美術に期待するイメージであり、本作をつくらせたものだと思う。
魅力は作り込みのバランスだ。工業的な精密さと、作家の人間性を感じさせる素材と加工のチョイス。対照的な手つきの共存状態がイメージの多重性を獲得している。マニ車であり、核融合実験炉であり、そのどちらでもない特殊な物体。二どころか三である。この三つをつなぐ想像と、多重性を支える造形。この関係こそ目の前のものを作品にする力であり、私たちが作品からうっかり感じ取る謎である。遊具にも似た絶妙なサイズ感もあって、人はハンドルを握り、思い思いの速度、方向にむかって作品を操作し、カウンターは「或る力」を刻み続ける。力の意味はそう重要ではないだろう。大事なことは回したことを考えること。最中に浮かぶいくつかのビジョンから選択をすること。そして、そのサイクル(回転)を続けることだ。
何 梓羽の作品はどこか明るい。それは目の前の世界を直視し、まずは動こうという「うっかり八兵衛的な」行動力に起因する。「情報は常に不足している、だからマニ車を回そう」…いいタイトルだ。作家としての態度表明=決め台詞である。

彫刻学科教授 冨井大裕