橋爪茉莉花

Hashizume Marika

<概要>
本論文は、草間彌生(1929-)の作品および、作家・作品をめぐる言説を研究対象とするものである。草間は網目や水玉をモチーフとした作品で広く知られ、作品の多くは単一モチーフの反復という構造を持つ。1957年にアメリカ・シアトルへと渡り、翌1958年からニューヨークを中心に活動した。作品が持つ反復の構造は、ミニマリズムやポップ・アートなど、1960年代のニューヨークで興隆した芸術運動と比較され、その先駆性が認められている。
一方で、その反復の構造は、網目や水玉があたりを覆う幻視体験や、強迫観念による同じ動作の繰り返しから生まれるとする、精神的病に作品の起源を求める言説も存在する。双方の言説に内在する問題を、批評と展覧会による言説形成という視点から再考することが、本論文の目的である。
1992年にロサンゼルス・カウンティ美術館で開催され、1993年に日本の世田谷美術館に巡回した展覧会「パラレル・ヴィジョン 20世紀美術とアウトサイダー・アート」の歴史的文脈を起点とし、草間をめぐる言説の変容について考察を行う。同展覧会は、1986年にカウンティ美術館で開催された、「芸術における霊的なもの 抽象絵画 1980 – 1985」に続いて企画された。日本巡回に際し、「日本のアウトサイダー・アート」(1993、世田谷美術館)が同時開催され、草間は出品作家の一人であった。作品をめぐって異なる捉え方が存在する所以は、草間が二元性を併せ持つ能力を持つためとされてきた。本論文では、異なる言説が存在することは作家のみに起因するのではない、という前提のもと、草間をめぐる言説の変容が、どのような流れの中で起きたのか探っていく。

草間彌生をめぐる言説の変容
The transition of discourses on Yayoi Kusama

論文
Thesis
38ページ 38937文字

作者より

批評や展覧会といったシステムは美術作品の価値決定に大きく影響するが、その権威性は果たして乗り越えられるものなのか。このような関心から、私は、作家・作品をめぐる言説に注目して卒業研究を行いました。
テーマを決定した当初は、しばしば作家自身によって語られる、作品制作が持つ自己治癒性に関心がありました。しかし卒業研究を進めるにつれ、自己の救済という要素は、草間作品の一側面であることに気づかされます。
異なる二つの言説の関係を、より大きな流れの中で捉えていく作業は、当初の自分の関心を突き放していくプロセスでもありました。

橋爪茉莉花

担当教員より

本論は、草間彌生の画業に対し国内外の批評家によって言説化されてきた歴史を追跡することで、その批評の「権威化」を客体化するものである。1940年代の日本での評価、1950年代以降の北米での位置づけ、そして1990年代における草間の精神的な疾患への論及のせり上がりなど、時代の芸術動向と絡み合って形成されてきたことを論証する。さらに大きな視点から、この批評軸の変化は西欧近代美術の「自己反省」から生じたものであることを明らかにして、草間彌生の脱神話化を図る独自の研究になっている。

芸術文化学科教授 高島直之