佐藤菜々子

SATO Nanako

サイ・トゥオンブリーの絵画作品にみる制作原理
Processes and Thoughts of Cy Twombly’s Works of Painting

論文
Thesis
40ページ 34,782字

<概要>
サイ・トゥオンブリー(Cy Twombly, 1928-2011)の絵画作品は、筆致によるオール・オーヴァーな様相や、文字や数字など記号的な要素がかきこまれ「見る」と「読む」が混在している画面が特徴的である。彼の絵画については、描線や筆致などへの言及、画面に「何が描(書)かれているのか」という観点からの分析が代表的であるが、具体的な制作の実践と絵画の構造との連関を論じた研究は多いといいがたい。本研究の目的は、トゥオンブリーの絵画制作の手法と画面の構造分析から、彼の作品と制作の実践を支える思考について検討することである。そのためにまず、初期の実践としてブラック・マウンテン・カレッジ(Black Mountain College)時代の制作と現地の抽象表現主義の作家らの制作との関連性、兵役期間中の暗闇でのドローイングと直後の制作に触れ、「支持体の複数化」、「画面の構成要素の断片化」をめぐる手法と試みについて分析した。ここにコラージュの手法との近接性を見出したうえで彼のコラージュを含む絵画作品の構造についても検討し、一つの画面に「描かれる場所」としての基底面を仮の支持体として設定する意識、支持体の操作による画面の拡張や積層化、画面を異なる意味内容をもつものとして規定する意識のはたらきを指摘した。以上の考察からトゥオンブリーの絵画作品の構造と作家の実践において通底していたと考えられるのは、画面内のイメージの変容をめぐる支持体の操作を試みつつ、一定のイメージを結び統一性のあるものとしての絵画の形式をずらしていくという思考である。

作者より

1950年代から活躍したアメリカの作家サイ・トゥオンブリー(1928-2011)の絵画作品をめぐる言説は、画面構造それ自体からは距離をとったものが比較的多いといえます。画面に特徴的に残された筆致や記号的なイメージなどへの言及が数多くある一方、彼の絵画には、絵画の外形と内部それぞれにおいて、イメージの変容にかかわる操作性を見出すことができ、画面の組織化においても特異性があると考えられます。本研究では、作家がその絵画制作をどのような思考のもとでおこなっていたのかについて、作品の物理的構造の分析から考察することを試みました。

佐藤菜々子

担当教員より

表題の画家の研究論文。その落書きのような身体の身振りを思わす筆致、文字や数字の関係不明な記号を導入する制作原理を解析している。いかにして、支持体のもつ物理性と筆触の現象性とを組織化していったのか。コラージュ手法に近接しつつ、支持体という描かれる場所の複数化とイメージ要素の断片化をはかることで統一的な画面を瓦解させて、ズレや分割、切断という不連続性を内在化した画家の、実践性に深く分け入った論考である。

芸術文化学科教授 髙島直之