<概要>
河原温による、1966年から40年以上にわたって継続的に制作された「日付絵画」(『Today』シリーズ)をはじめとする作品群は、1960年代後半に隆盛をみた芸術動向としてのコンセプチュアル・アートの文脈において、最も先駆的な取り組みのひとつとして高く評価されている。他方、河原が日本で活動していた1950年代における作品としては『浴室』の連作などがあるが、それらの物質的なイメージの作品群には後年の概念的な諸シリーズとのあいだの形式的な共通点がほとんど見当たらず、さらに、離日後メキシコやパリでの活動を経てニューヨークに定着するまでの期間における河原の実践についても、今まで十分に言及されてきたとは言い難い。過渡期とでもいえようその時期の取り組みに目を向けながら、河原温という作家についてのパラダイムの再規定を試みることが、本論における目的である。そのために、日本時代の最後期に制作された「印刷絵画」を同時期の実践を考える上での重要な作品として位置付けながら、それが、特に後年着想されるコンセプチュアルな作品群に対していかなる影響をもったのかということについて、河原自身の言説などを手がかりとしながら検討する。それぞれの時期における実践についての考察を通して本論において明らかになるのは、「印刷絵画」において模索された芸術上のコミュニケーションの問題に対する取り組みが河原のキャリアに通底する主題となっていったということ、そして、そこではじめて採用された「表現の外部化」という制作形式が後年のシリーズ群へと展開した可能性である。
「印刷絵画」再考−1959年から1965年までの河原温−
On Kawara’s Insatsu Kaiga (printed painting) and his experimental works in 1959–1965
論文
Thesis
24ページ 35240字
作者より
研究テーマの決定にあたって、まず、河原温が1966年以降に発表したコンセプチュアルな作品群に対する興味がありました。河原は自ら設定した規則に従って機械的に制作を続け、これらの作品において主観的感覚や身体的行為の痕跡は極度に排除されていますが、しかし、かえってそのために、作品に対峙した鑑賞者には作家の存在が強く意識されます。本論では、河原が50年代の終わりに取り組んだ「印刷絵画」をその端緒として位置付けながら、66年以降の展開について検討しました。
小倉達郎
担当教員より
一見して人が描いたとは思えない、概念的で記号的な作品「日付絵画」を制作した河原温は、後年、匿名性を高め社会から身を隠した謎多き作家である。筆者は、その作品に残されたわずかな筆致について熱く語ったことがあった。作品の隅々にまで目を凝らし、時には模作しながら、自身が感じた作家の体温ともいうべき痕跡が何かを、探り続けたのだと思う。数多の論説が批判的かつ効果的に援用され、自身の主張が丁寧かつ緻密に編みこまれた、秀逸な論文だと評価している。
芸術文化学科教授 西中賢