中村葵

Nakamura Aoi

マールスの日
The day of mars

映像|ディスプレイ、DVDプレイヤー、ヘッドフォン
Video|Monitor, DVD player, headphone
6min30sec

作者より

どれも 秘密にしておかれた声は 発見されませんように。 どれも。そうでなくては どうやって 生は ぼくの前で 増大され そして変容されたままでいよう。 友たちには ―故郷には 誰もいないだろう ―すでに ひとつの眼差しで充分だ。【 パウルツェラン「帰郷」】

話者と鑑賞者との間には、映像という侵せない媒体があり、それで隔たれた我々は、2時間と6分間の/話手と聞手の、埋めがたい差異の中に閉じ込められている。しかし他でもない、その映像というテクノロジーによって早送りの操作は行われ、引き伸ばされた音は、言葉として復元される。 言葉を聞く、その一点で、我々はかろうじて繋がることができるのではないか。そう信じたい。

中村葵

担当教員より

映像のなかの女性は、自身に起こった不思議な体験をたどたどしいことばで語り始める。作者自身が演じるその女性のあきらかに不自然な表情やことばの正体は、数十倍の長さで喋った映像を数十倍の早送りで再生するという、いたって簡素な仕掛けによるものである。しかしこのシンプルな手法は、現実とも非現実ともつかない世界をつくり出した。まるで操り人形のような女性の表情には、なにか切迫した緊張感が走り、急激に訪れる日没がつくり出す闇は、物語の不穏な夜の情景にすり替わる。映像のなかの出来事は、異常に長い発語と早送りという操作によっていわば捏造されたものである。だがその構造を知ってもなお、おびえたような女性の表情やことばの痛々しさに、鑑賞者は引き込まれてしまう。さらに、接近する火星や、暗闇で母親が発する暗示的なことばに増幅された、いわば「非日常に侵された日常」が、理由のわからない「おそれ」のようなものを鑑賞者に突きつける。

油絵学科教授 袴田京太朗