太陽が昇るまでキャンバス、油絵具、テンペラ、各種箔、ほかH2273 × W9090mm
本作は、夜から夜明けへと至る時間の流れを通して、内面にある不安や感情の変化を可視化することを目的とした作品である。個人的な記憶や日常の関心に加え、環境や政治といった社会的要素を同一の画面に配置し、複雑に重なり合う世界の姿を表現している。 王澤
横に9メートルもある超大作である。F150号を縦に5枚繋げた作品であるが、オウタクは4年生になった時からこの作品に取り掛かり、一枚ずつ描き始めていた。だからよくみれば、一枚一枚を観ても独立した絵画となっていることがわかるだろう。左側の椅子のある暗い部屋を暗示させる夜を描いた絵から右に向かって徐々に明るい絵になることで、夜中に起こっていた様々な出来事が露わになり、それらの形跡が不気味に浮かび上がっている。右から2枚目の絵は、太陽が見え出す瞬間を描いたものなのか、美しい青空が広がり始め、その光景をじっと見据えるように逆光となった椅子の背が描かれている。タイトルは「太陽が昇るまで」であり、私はすぐに島崎藤村の「夜明け前」を思い起こした。幕末から明治に移行する時の主人公となる青年が持った希望と、新しい時代へと変わった、その後の挫折について書かれた名著である。中国人のオウタクがそれを読んだことがあるかどうかは分からないが、私のような読書好きな人間には、1人の中国人留学生における時間と空間の壮大なドラマが今、この場で展開されているように感じ、制作中の絵の前で彼と話をしながら勝手に興奮したのを覚えている。 実際には、母国のラジオを毎日聞いて、そこから面白いと思ったことを書き留めているらしいし、その中から絵に使えそうな題材を拾い、毎日の積み重ねの中で丹念に造形していくのだと言う。何にせよ見事な構成力であり、描写力である。その力技、モチーフのユニークさと物語の壮大さ、これら観ていてワクワクする感覚を久しぶりに味わえた作品である。 油絵学科教授 水上泰財
作者より
本作は、夜から夜明けへと至る時間の流れを通して、内面にある不安や感情の変化を可視化することを目的とした作品である。個人的な記憶や日常の関心に加え、環境や政治といった社会的要素を同一の画面に配置し、複雑に重なり合う世界の姿を表現している。
王澤
担当教員より
横に9メートルもある超大作である。F150号を縦に5枚繋げた作品であるが、オウタクは4年生になった時からこの作品に取り掛かり、一枚ずつ描き始めていた。だからよくみれば、一枚一枚を観ても独立した絵画となっていることがわかるだろう。左側の椅子のある暗い部屋を暗示させる夜を描いた絵から右に向かって徐々に明るい絵になることで、夜中に起こっていた様々な出来事が露わになり、それらの形跡が不気味に浮かび上がっている。右から2枚目の絵は、太陽が見え出す瞬間を描いたものなのか、美しい青空が広がり始め、その光景をじっと見据えるように逆光となった椅子の背が描かれている。タイトルは「太陽が昇るまで」であり、私はすぐに島崎藤村の「夜明け前」を思い起こした。幕末から明治に移行する時の主人公となる青年が持った希望と、新しい時代へと変わった、その後の挫折について書かれた名著である。中国人のオウタクがそれを読んだことがあるかどうかは分からないが、私のような読書好きな人間には、1人の中国人留学生における時間と空間の壮大なドラマが今、この場で展開されているように感じ、制作中の絵の前で彼と話をしながら勝手に興奮したのを覚えている。
実際には、母国のラジオを毎日聞いて、そこから面白いと思ったことを書き留めているらしいし、その中から絵に使えそうな題材を拾い、毎日の積み重ねの中で丹念に造形していくのだと言う。何にせよ見事な構成力であり、描写力である。その力技、モチーフのユニークさと物語の壮大さ、これら観ていてワクワクする感覚を久しぶりに味わえた作品である。
油絵学科教授 水上泰財