廣岡友弥

Hirooka Tomoya

羊と犬−わが邂逅−
The Sheep and The Dog -My Encounter-

インスタレーション|ミクストメディア
Installation art|Mixed media

作者より

私はみずから何ら影響力も行使することのできない社会に対して、責任を感じてはいなかった。しかし社会に対する私の無力は、もちろん、社会の私に対する無力ではない。社会の進んでゆく道が、そのなかに情容赦なく私をまきこんでゆくだろうということに、疑いの余地はなかったし、私は私にはたらきかけるものの全体を、理解したいと願っていたのであろう。
出典:加藤周一著『羊の歌̶わが回想̶』岩波書店、1968年

廣岡友弥

担当教員より

一部に付箋がついた岩波新書が壁に整然と並べられ、反対の壁には様式的に描かれた1枚の松の絵が掛かっている。取りつく島もないほど飾り気のないインスタレーションである。これは大正生まれの評論家加藤周一の自伝的著書「羊の歌」を元に、作者廣岡自身による考察を作品化したものだ。2008年に没し、「加藤さん」と廣岡が呼ぶ死者との交信の場として、鏡のように黒光りする松の絵を配した能舞台的ホワイトキューブがしつらえられた。対象となる内容は、現在の廣岡と同世代の時期のもので、しかも戦前の状況のみに注意深く限定されている。無数の付箋と共に抽出された言葉は、それ以外を白く塗り潰すことで示される。2人の極私的で濃密な対話を、私たちは断片的な共感と埋めがたい疎外感を持って眺めることになる。しかしこの簡素な作品が私たちの胸を打つのは、もうこの先は美術ではないという地点に立った作者が、捨てることでしか到達できないリアルに向けてもがいている姿をそこに見るからだろう。その孤独や飢えは、若き日の加藤の絶望と重なるようにして、今を生きる私たちの「戦前」を照らし出している。

油絵学科教授 袴田京太朗