齋藤茉里耶

Saito Mariya

35°54’16.8N 138°14’33.1”E

模型|スチレンボード、木材、金属、アクリル
Model | Styrene board, wood, metal, acrylic
H10000 × W1800 × D1800mm

作者より

35°54’16.8N 138°14’33.1”E
この作品は、私のかけがえのない記憶から生まれた空間である。現在の学説によれば、記憶というものは変化すると言われている。記憶が曖昧になる訳は、過去の出来事を思い出そうとする度に、脳のネットワークが引き出した情報をその都度書き換えてしまうことにより起こる。遠い過去の記憶も自分の要素で再構築されるだろうし、今、ごく少し前のことでも自身の概念が勝手に記憶を作り替えているということだ。主観である記憶は、誰の記憶であっても曖昧で混乱に満ちているのだろう。しかし、そんな歪な形をした記憶こそが、かけがえのない空間なのではないだろうか。幼い頃は届かなかった扉、怪獣のように見えた生き物達、海のように広いお風呂、窓を開けて見えた景色、どこまでも続いていると思っていたおばあちゃんの花畑、そして、大人になって当たり前ではなくなってしまった、本物の夜空。全て間違いで、全て本当の私たちの記憶は、儚くて美しい。私は、200枚の真実を曖昧な記憶でトレースし、空間に落とし込んだ。此処にある確かなものは、経緯度の数値だけだ。

齋藤茉里耶

担当教員より

かつて齋藤が祖父母と過ごした長野の地、かけがえのない時間。記憶は曖昧であるものの、今も尚、上書きを続けているらしい。
住み手を失ったその住宅に、齋藤は未来を求める。
数百枚に及ぶドキュメンタリーフォトに、過去の感情を未来に届けようとするメモを書き込み、数値化/記号化された時間を演劇的なアプローチで空間に昇華させた。ユニークな試みである。
精巧に作り込まれた模型による力強いプレゼンテーションは、その場を知らぬ他者を、優れた私小説を覗き見るかのように惹きつけ、そして少しセンチメンタルにさせる。だがそこに広がるのは、齋藤の過去から紡ぎ出されたロマンティックな未来なのである。

空間演出デザイン学科教授 片山正通