吉田彩子

YOSHIDA Ayako

母は言った。「ここに光がありますように。」こうして、そこに何かが現れた。
And Mother said, May there be light here: and something appeared there.

インスタレーション|紙、塩ビシート、石粉粘土、紙粘土、ワイヤー、畳、水性塗料、弟が描いた絵、ほか
サイズ可変

作者より

2021年の夏、私の弟は通っていた大学を中退し、実家でニート生活をしていた。この弟の無気力さや受動的な性格は、これまでずっと母を苦しめてきた。コロナ禍で外出ができない中、母が毎日シンガポールのカニクイザル保護地区の様子を動画サイトで鑑賞し始めた。その動画シリーズでは猿の親子が撮影されており、子猿は生まれつき全盲で母猿の過剰な助けがなければ生きられない。母は弟の将来を案じる苦しみに疲れ果て、自分が母猿になりきることで、人間の母親としての呪縛から解放されようとしていた。この奇妙な事態を、弟に共作者として簡単な制作作業を手伝ってもらうことを通して、その奇妙さを目に見えるよう順序立てて構築しようと考えた。

吉田彩子

担当教員より

吉田は作品において、人が場に集まることで何を共有できるのか?問いを立て制作している。2021年11月18日。吉田は名古屋にある祖母宅の和室に、イタリアのポンペイの秘儀荘内にある「ディオニュソスの秘儀」という壁画を再現した。そこはかつて吉田の父親がこども部屋として使用していた部屋でもあった。吉田には弟がいる。吉田によると「彼の肉体や精神には障害は無いけれど、人からの指示がなければ軽い家事すらできない。」弟だという。この壁画の再現は、その弟との共同作業によって行われた。
今回、卒業制作展で発表した《母は言った。「ここに光がありますように。」こうして、そこに何かが現れた。》という作品は、祖母宅で弟と作った空間を大学のアトリエの空間に合わせ、再制作したものである。壁面には、実寸大で出力した和室の襖、窓などの写真が貼られ、そこに重ね合わせるようにして、入信の際の秘儀を描いた「ディオニュソスの秘儀」の壁画も展示されている。同時に同空間では、プロジェクターで映像が映し出されている。それは、吉田の母が自身の境遇と重ね合わせて毎日見ていたという猿の親子を描いたドキュメンタリー映像である。その猿の写真も反対の壁面に貼られている。床には、和室から運んできた畳が一枚と、弟が作成した紙製の猿のオブジェクトが点在している。ここでは、家族の集まりの場から、大学、そして2000年前のポンペイの秘儀荘というように、時間も場も離れてはいるが、人が集う場をひとつに重ね合わせている。壁画「ディオニュソスの秘儀」においてはトランス状態へ陥る様子が描かれ、また映像では猿の親子といったように、人という枠組みを超えたものへのアクセスや身体を拡張するようなビジョンも含まれている。会場では来場者が集まると、吉田がキリスト教の司祭にでもなったように、この展示物に関する物語を解説する。タイトルでは、創世記第1節3章の「神は言われた。『光あれ』こうして、光があった。」を吉田の母の言葉として書き換え、「光があった。」という箇所を「何かが現れた。」と置き換えることで、吉田のメッセージとして提示されている。それはいったいどのような光なのだろうか。来場者は、その問いを自問することになるだろう。それは吉田との共同作業の始まりとも解釈できる。

油絵学科准教授 小林耕平